横浜で包茎手術を受けたボクの体験記

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精神的な苦痛がある

やっぱり、恥ずかしい

包茎・ほうけい・ホーケー

子供の頃、気づけば誰かが口にし出し、いつしか伝染してクラス中(の男子に)広まり、いつしか(クラス内の)流行語にもなったこの言葉。始めの頃は意味も分からずただその語感を気に入って、その輪の中に入れてもらいたくて口走っていたこの言葉。やがて、ボクは知るのです、「ホーケー」とただ呪文のように繰り返したいただけのこの言葉の意味を。しかもそれが自分自身であった時のこのショック!

こうしてボクの意識の最も奥深いところに、「包茎=恥ずかしい」という情報がインプットされたのです。

他人と比較してしまう

思春期の男子なら皆あるかもしれませんが、トイレなどで隣の人のアレを覗きむなんてことは日常茶飯事でした。

これはボクにとって、はっきり言って恐怖でした。気にして隣を覗けば覗く度、屈辱の気分を味わうものだったからです。

そしてもうひとつ、恐ろしい修学旅行がありました。なぜ恐ろしいかって?それは大浴場にみんなで入るから。仮に包茎でなかったとしても、からかわれる時にはからかわれるのです。そしてあの日、京都の地で起こった出来事は、生涯ボクのトラウマとなります。

いままでなんとか隠して来た(はず)のボクの息子が、大衆(風呂場にいるクラスメート)の眼前にさらされてしまったのです!

この日を境に、ボクの中で「包茎=死ぬまで隠すもの」という図式ができあがりました。

同時に、我が息子を呪い、見て見ぬフリをすることが増えました。体は健康なので当然のように性欲は沸き起こりましたが、息子に目を向けることはありませんでした。

こうして、恥垢がどんどん溜まり、不衛生になっていきました。早い段階で徐々に皮を伸ばしていればまだ違かったのでしょうが、しかし対処をしなかったがために、スッポリと…

トドメはあの出来事

本当は思い出したくもありません。

でも書きます。なぜなら、ボクはもう克服したから!あの日の自分にサヨナラしたから!!

人生初のベッドインの時のことです。

高校3年生の夏のことでした。お互い受験勉強のストレスも溜まっていたのでしょう。いままではそれとなく回避してきたソノ手の話題も、ついに避けられなくなりました。

あれは湘南のラブホテルでした。彼女はどうやら初めてではなかったらしく、それに感づいていたボクとしてはなんとも微妙な気分でしたが、それでもその時が来たことに胸は爆発しそうでした。

何かの雑誌に書いてありました。『シャワーはレディーファースト。』 交代してボクも体を洗い流し(髪まで洗いそうになった)、いざ決意してベッドに向かいました。

その時彼女が発した一言。

「包茎じゃん!」

死にたくなりました。もちろん萎えました。

こういった次第で、ボクの長い童貞の道程が始まったのです。

童貞であることそれ自体は大きな問題ではないかもしれません。しかし、包茎であるが故に身に起こった数々の出来事を振り返ると、確かにボクの人生に大きな影を投げかけているのは事実。対女性はもちろんのこと、それ以外での態度でも、どこか煮え切らない、いまひとつ踏み込めないでいるのは、包茎のせいと断言できます。もう、こんな思いをしたくないんです。

 
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